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キャベツの語源

 

 
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キャベツという言葉は元をたどればどこからきたのだろうか?一つの可能性は、ドイツ語だ。ドイツ語にはキャベツを表す言葉がたくさんあるが、大きく分けて北部低地地帯のKohlという言葉と、南部高地地帯のKrautという言葉に分けられるだろう。Kohlは恐らく前述のラテン語のCaulから来ている言葉で、茎ということになるのだろう。Krautの方は語源は良くわからないのだが、葉っぱとか野菜を一般的にさす言葉らしい。推定するに、北部低地地帯では比較的ローマ文明との交流があったため、ラテン語の影響を受けてKohlという言葉を使うようになったが、交流があまりなかった南部高地地帯ではもとから使われていたKrautという言葉が残ったのではないだろうか。(ただ、ドナウ川までローマが支配していたことを考えると、交流の濃さが決定的な原因だったとは考えがたいところがある。)もしくは、結球キャベツが一般的であった南部高地地帯では、ラテン語の茎という語感がどうにもすっきりこず、もとから使っていたKrautという言葉を使い続け、結球キャベツの見られなかった北部ではすんなりと茎という言葉が受け入れられたのかもしれない。なんにしても北部と南部ではキャベツの呼び名が異なっており、そのうちの特に北部ではキャベツのことをKopfkohl、つまり頭のついた茎と呼ぶようになった。結球キャベツがケールと明確に別のものと認識された最初だろう。それが古フランス語に伝わり、そしてさらにはその頭の部分だけ英語に変わり、Cabbageとなったのかもしれないが、最後の代わり方は少し厳しいような気がする。

2011年1月14日 追記
もう少し調べたところ、マジャール語ではKaposzta、ポーランド語ではKapostaという言葉でキャベツを表している。語源など詳しいことまで理解する能力はないが、見たところKapという部分で頭を意味しているような気がする。またここでKap/Capがラテン語起源なのか、ケルト起源なのか、 はたまたマジャール起源なのか、というところがわからなくなってきてしまったが、私の感覚では、やはりラテン語起源で、ドナウ川中流地域の結球キャベツを見たローマ人がそれを頭と呼び、それが一般名称になったところにマジャール人が入ってきてそのままその名で呼び続けたのではないかという気がする。そしてマジャール語とポーランド語のあまりの類似は、何らかのルートでマジャール語がポーランド地方に伝わったのだと思うが、そのルートは今の私には どうしても想像できない。そしてこの推定にはあまりに穴が多すぎることも付け加えておく。もしローマ人が結球キャベツのことをKapとよんでいたのなら ば、どうしてドイツ南部ではKrautという言葉が残ったのか。そしてハンガリーとポーランドの間に横たわるチェコスロヴァキアではなぜこの言葉が使われ ず、Hlávkové zelíという、どういう意味かは私の理解を超えるが、少なくともKapというような文字が使われていない言葉が使われているのか。よくわからないことばかりで、やはりキャベツのドイツ語起源説はしばらく保留した方がよいような気がしてきた。

2011年6月11日 追記
歴史を見直して見たところ、いくつかわかったことがあったので追記しておく。まず、ハンガリーとポーランドはヨーロッパ各国の中でもラテン語がもっとも遅くまで使われていた国であったらしい。これにより、どうして両国でキャベツを表す言葉が似ているのかの説明がつく。またこれがラテン語起源であることも間違いないだろう。そしてこの言葉がcapからの派生であることを考えると、結球キャベツはマジャール人やスラヴ人がその地に入ってくる前から存在し、ローマ時代から一般的にそのように呼ばれていたのではないかということも想像できる。そして懸案となっていたチェコスロヴァキアについては、おそらくかつてはラテン語、もしくはドイツ語でキャベツを表現していたのだが、民族復興運動の際に古来のスラヴ語を当てたのではないかと思われる。付け焼き刃の知識によれば、Hlávkovéと言うのはおそらく頭を表すような意味、そしてzelíが葉とか菜っ葉を表す意味になると思われ、Kopfkohlと言うドイツ語をスラヴ語に直訳したのではないかと思われる。そしてこれはやはりスラヴ語にもキャベツを表す言葉はなかったことを逆に表しているような気もする。これにより、やはりキャベツの語源は、ラテン語(ケルト語の可能性も完全には消しきることはできないが)であるといえるだろう。

2011年8月28日 追記
前項追記の続きになるが、ゲルマン人の侵入後も、パンノニアなどの地域では従来通りキャベツの利用は続いており、それはおそらくケルト系の言葉ではなく、 ローマ化されたKaposzta/Kapostaに近い言葉で伝えられたのだろう。しかも、ラテン語直系言語であるルーマニアでそれに近い言葉が使われ ず、varză furajeră(飼料用の葉っぱ?)という言葉が使われていることを見ると、それはローマの正統的な文化として伝わったのではなく、土着的な風俗をロー マ人が独自に呼んだ、その呼び方だけが残ったのではないだろうか?つまり、ローマの正統的な文明としては、結球のキャベツを食べるという習慣は相変わらずなかったのだろう。いずれにせよ、フン族の侵入以来、その地はローマ的なものからは切り離され、独自の文化を育んでいくことになった。その中で、キャベツ食というのも非常に東中欧色の強い食文化として育ってきたのではないだろうか。

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