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世界史の陰の主役、ロールキャベツ

 

 
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ウズベキスタンの人と話す機会があったので、ロールキャベツのようなものがあるのか聞いてみた。質問の仕方があまり良くなく、こちらの意図をしっかりと伝え切れたようには思えないのだが、どうも聞いた感じではいわゆるロールキャベツ的なカテゴリーの料理はなさそうな感じだ。肉に野菜を巻くような料理はあるようだが、ケバブのようなものが一般的なようで、野菜を巻くのはあまり一般的ではないような印象を受けた。他の中央アジアやイランなどでも、さっと見たところあまりロールキャベツ的な料理が一般的であるようには見受けられない。 ここでまた考えてみると、ドルマやサルマがトルコの言葉から来ているとはいっても、それはいわゆるトゥルク系共通の食文化であったわけではなく、故に中央アジアやましてペルシャで一般的に食べられていたものでもなく、おそらくブドウが自生、もしくは積極的に栽培されていたアナトリアや黒海沿岸で独自に発展した食文化だったのではないか、ということだ。トゥルク系の民族が黒海に至ることによって、ブドウと出会い、そこで一般的な肉食文化とブドウの葉を結びつけてドルマを作った。そしてそのドルマは黒海北岸を経由して東ヨーロッパの内陸部に伝わり、そこでブドウよりも比較的たやすく手に入るキャベツと結びつき、サルマやサルマーレまたはToltott kaposzta(ハンガリー語のロールキャベツ)と呼ばれるものになっていった。そしてそれはオスマントルコの征服により再びサルマとしてトルコ料理に逆輸入される一方で、オスマン帝国と敵対した北方スラブの国にはトルコ料理であるというイメージを消すためにあえてゴラブキ、といったような名前で広まった、などという妄想は成り立たないだろうか?そんな構図で見てしまうと、中世終了後の世界にずっと影響を与えてきたロシアとトルコの対立の構図は、実はゴルブツィとサルマのどちらが正統的ロールキャベツなのかの宿命の対決に見えてきてしまう。そして実はどちらも正統性を持っていなかったのかも知れないのだ。

ロールキャベツの豆知識もあわせてお楽しみください。

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